January 2008アーカイブ

ヨガのクラスが朝6時からあるので5:30に目覚ましをかけたものの、外に出て調べてみたら雨がざあざあ降っているのでやめた。傘を持っていないのでこのスカイロッジからNamakaまで歩くうちに濡れてしまうし、第一この天気とフィジアンの感覚から、クラスも休みの可能性が高い。部屋に戻って再度寝る。6:30にへんてこイギリス人2人組が出発。「Do your best!」とか言ってしまったかも。
昨晩朝食が無料っぽいことを聞いたので、バーで頼んでみたら有料だった。F$5.5なのでまあ高い。でも久しぶりにトーストを食べたかったので頼んだ。飲み物は我慢。マックのほうが安い。
7:30くらいに学校へ。ホールのドアは開いていないものの、外には先生の姿が。きょうクラスはあるのか聞いたら「わからない」と。生徒も続々と来たが、学校の半分は電気がつかない。8時くらいには校長先生がホールにみんなを集めて説明。ナンディタウンなどで洪水が起きているので、何人かの先生は来ることができない。RonはBaに住んでいるのでバス通勤だが、その途中も通行できないという。ホールいっぱいになるくらい生徒が来たので、ひとまずレベル別に6グループにわけて授業を行う。MakoやHiroshi、Kayも来ていたが、彼らは帰ってしまった。ビジネスクラスの割り当てが無かったのでプレアドバンスクラスに出たが、どうもやる気が出ないので1限で帰る。
うしろさんちに行ったらホストファザーのおじいちゃんが「ビニッとタウンに行ったよ」というのでバスを拾う。ビーチコンバーの観光用の怪しいバスが止まったので運転手にナンディタウンまでの価格を聞いたら「F$1だ」と2倍のお金を取ろうとするので「じゃあ、次まで待つからいいよ」と降りようとしたら「F$0.5でいい!」というので乗った。ぼったくりはいけない。タウンに向かうに連れて自動車がのろのろしていよいよストップ。「ここから先は歩いてくれ」というので一緒に乗っていたロナウド似のお兄さんにナビゲートしてもらう。デナラウへの交差点あたりで道路は水浸し。見物するひとがいっぱい。「サンダル流されないようにな」というアドバイスが適切なのがすぐわかった。道路に沿って流れるのではなく、その道路と垂直に新たな川が目の前にできていた。ひざがキレイに隠れるくらいの深さ。ビーチサンダルが脱げたら取り戻せないくらい速い。一番やばいところに来たところで前から来るうしろさんを発見。ビニッとお母さんも一緒だった。ロナウド系フィジアンにお礼をして、合流。ナンディタウンはチキンのお店以外閉まっているそうだ。雨がざあざあ降る中、4人でマックへ向かう。車が脇を通るたびに波がたって、「うやっほー」と叫ぶ地元のひとたち。波が立つと下手したら腰下まで濡れる。
マックにつくと、いつもながら遠くからエドワードがぼくを見つけてくれて手を振ってくれる。エドワードは本当に顧客想い。「Nice to see you again」といって握手。エドワードが住むラウトカは洪水の問題無いようだ。マックの店内は寒く、ビニッの唇が細かく震えてきたので、外で。インド人2人はコーラ、うしろさんはブラックコーヒー、ぼくはダブルチーズバーガーセットをホワイトコーヒーで注文。コーヒーはお代わり自由なことを先日学んだので2杯もらう。うしろさんがリフィルを頼んだら時間過ぎていると断られたとエドワードに話したら「今度コーヒー欲しいときはぼくに言ってくれ」と助けてもらう。ああ、ほんとに優しい。
マックで食べていたら考えさせれることがあった。薄緑のサリーを着たおばあさんがマックを回って募金をお願いしていた。洪水で家を流されてしまって食べ物もないからお金を恵んでくれ、ということだった。そういえば、マックに来る途中、道の真ん中で呆然と立ちつくす女性を見た。メインロードのすぐ脇を流れる川は氾濫して水位が異常に増して、近辺の家は床上浸水した。たぶん見えなかったけれど、いくつかの家は本当に流されてしまったのかもしれない。呆然と立ちつくしていたひとは家を流されてしまったのかもしれない。ただ、ビニッのお母さんにお金をせがむおばあさんについて聞くと彼女も「本当かどうかわからないからあやしい」という。日本も以前はこんな状況だったのかな。
マック近くのバス停からミニバスに乗ってエアポートへ。昨日仕入れた「ツバルはノービザで行ける」情報によって、フライトスケジュールと価格チェックへ。ちょうど昼休みにあたってしまったので、空港内で時間つぶし。ペプシを買っていたらレジ前に見覚えある後ろ姿があったので背を向けてしまったが気づかれた。元ホストマザー。空港勤務だと知っていたがここで会うとは。一瞬笑顔を(初めて)見たが、すぐに眉間に皺系の顔に戻るところが怖い。「いまどこにいるの?」と聞かれたがわからないふりして「あ、ああ、このひとがクラスメイトです」と説明しておいた。気まずい雰囲気。うしろさんによると、その後チョコレートとペプシを買う姿をずっと見ていた、という。さらに怖い。本題のAir Pacific、Air Fiji、Newzealand airline、QANTASそれぞれを訪ねて聞いてものの、スケジュールにぴったり合うフライトが無い。フィジーの離島にしようかという流れに。空港からスカイロッジまではタクシー。最初の運転手にはF$7と言われたが「F$4で」と答えると相手にされず、次の運転手は最初からF$5を提示したのでそのタクシーに乗る。シートがふかふかのバン。空港仕様は違う。スカイロッジに入らず、入り口で止めてもらって、うしろさんのステイ先へ。チョコをあげたらみんな喜んで大人なのに取り合いになる。インド人は本当に甘いもの好き。ホストファザーのおじいちゃんは「決めたか?サモアか?いくらだ?」と次々に質問するので状況を細かく説明。「いいか。一人で行っちゃだけだ。こいつを連れていってやれ」という。
スカイロッジに戻ると部屋にはすでに1人チェックイン。イギリスから来たAjit。イギリスの大学の修士課程を出ている天才エンジニアでマーケティングに関わっているのだそう。顔はインド系なのでインドかフィジーの人かと思った。発音がクリアなので聞きやすく、理解もスムーズにできる。本人が言っていたが、日本人に話すのに慣れて、いつもはもう少しゆっくり話すという。ぼくの英語は日本の社員よりもしっかりしているとほめられた。日本にも何度も来ていて、2月後半に新宿にも来るそうだ。昨日のカップルが行く予定だったFiji experienceに申し込んでいたものの今日は出発しないのでホテルで時間つぶし。ロスから今朝フィジーに着いたのだそう。5週間の休みのうち4週間はロス、フィジー、ニュージーランド、香港へ。1週間は日本に来て仕事をして、また香港に戻って母国イギリスへ。この部屋で一緒になるひとはほんとに世界を駆けめぐっている。近辺の地図が無いというので手書きで書いた。近辺のうまい店も知りたがっていたのでいくつか教えるが、たぶんきょうは開いていない。で、この部屋でイギリス人によく会う理由を聞いてみたら「自分なりの回答になるが」と前置きがあり、「イギリスの冬は太陽が欲しくなるからじゃないかな」という。なるほど。納得する。イギリスからは結構遠いところにあるフィジーだけど、だからこそまったく逆の気候の場所を欲するのだという。シャワーを浴びて、洪水で浸かってしまった足を中心にキレイにする。バーで英語日記を書き、部屋に戻るとAjitも戻ってきてホテルのお土産屋さんで近辺のうまいインド料理店情報を仕入れたというので一緒に行くことにした。歩いて5分。「マハラジャ」というお店。毎日のように通り過ぎていたのに、見た目が地味で気づかなかった。味は本当に本当においしい。店員さんも対応が気持ちいい。チキンカレーを注文。カレー食べながら日本の食事「とんかつ」「寿司」「すきやき」「しゃぶしゃぶ」がおいしいと言われる。新宿では「moomoo」というところのしゃぶしゃぶがFixed priceでおいしいそうだ。どこだ?窓を叩く音がしたのでみたら、きょうナンディタウンを見に行ったうしろさん始め、ビニッとお母さん。外に出て話すと「フィジービール?いいわねえ」と言われる。彼らはアイスクリームを買いに近くに来ていたのだそう。
Ajitはロスからの便で寝られなかったようなので早めに戻り、21時には寝てもらう。同室のニュージーランドからの親子はこれまでいろんなところを旅したようだけれど、ニュージーランド訛りが強くってよく英語が聞き取れない。荷物には寝袋やクッションがあって、世界中で野宿しているみたい。

きょうは留学の中間地点。早いような長いような。最初はどうか不安なこともあったけど、今はおかげさまで楽しい毎日です。

そういえば、28日から29日にかけての晩に、同室のひとが寝言を言っていたのを思い出した。いきなり大声を出し始めて「オーストラリアンが●△@*+(一体何言ってるかわかんない)」と言いながらトイレに向かう姿を思い出した。おもしろい寝言癖のあるひと。たぶん半分寝ているが、それでもトイレの位置を正確に覚えていて、人間の本能はすばらしい。
20080129.JPG
朝は5:30に起きてしまう。明日は朝ヨガに行く予定なので1日前からでも5:30起床に慣れようと思うんだけれど、耳を澄ませると雨のひどい音がしているのでそのまま二度寝。で、6:30に再び起きて、外に様子を見に行くと雨は止んでいた。バーの準備をしている従業員と話すと「きょうはサイクロンだからどこもお休みよ」と教えてもらう。「学校も?」と聞くと「そう」、「マクドナルドも?」と聞くと「そう」。「ここにいて、1日中寝てなさい」とまで言われてしまう。そんなもったいないことできるわけない。いつも通り学校がまだ開いているかわからないような時間帯に向かっても外でびしょ濡れになるのがオチなので、7:30までバーで一眼の充電をしながら待つ。荷物を一通りまとめてからタクシーで学校へ向かう。運転手にはマクドナルドまで行って欲しいことを伝え、F$6で走ってもらい、学校前で一度止まってドアが開いているか確認した。開いてなかったので再び走り出してもらう。すぐに学生のおじいちゃんが雨の中歩いていたのでタクシーと止めてもらい、おじいちゃんに話を聞いたらきょうは学校はお休みという。おじいちゃんを乗せて、タクシーを走らせ、途中のホテルでおじいちゃんを降ろす。食事が合わないので1泊8,000円級の部屋に泊まっているそうだ。上には上がいる。ぼくはF$29なので日本円で約2,100円くらい。でもほんとはこれでも高いなと思い始めてきたけど。
マックに付くと、店員がカウンター1人、厨房1人ずつしかいない。なのでドライブスルーが来て、客が2人いたらまわらない状況になっている。前のひとはずっと待っているみたいで「きょうは無料にしないか?」と店員に話していた。チキンマックマフィンミールを頼み、飲み物は「coffeeでしょ?」と気持ち通りのことを言われたので「yes」と答えた。前で待っていたおじさんが近くのテーブルに呼び寄せてくれたので座る。話を聞くとエアパシフィックのアテンダントだそうで、日本には3週間前に成田に来たそうだ。coffeeは寒いのでそのうち飲み干してしまうとおじさんがすかさず教えてくれるには、ここのcoffeeもお代わり自由だそう。おじさんとは空の状況をみながら「まだ雨降ってるねえ」とか「このまま昼飯も食べちゃうかなあ」とか「寝るところがあってもいいのにねえ」とか店員も時折交えながら話す。手元には店内に置いてあるfiji timesがあるのでその中の単語を調べながら読んだ。フィジーの首都のスバはもっと大変な状況になっているらしく、みんな高台に避難しているようだ。店内の音楽はラジオになっていて、音楽の合間に常に最新のサイクロン情報が流れ、そのたびにおじさんが解説してくれる。いよいよ停電になったらしい。ホテルを出るときに寒いから長袖のシャツを着てきたが、店内があまりに寒いのでそのうち首にタオルを巻くも改善しないから12:00過ぎにマックを出た。近くのバス停に行くと地元のひとに「Bula!」と言われて握手。ネットカフェに行きたいんだけどと伝えると「どこも休みだよ」と教えてもらう。こんな日はみんな引きこもりになるらしい。ミニバスに乗ってホテルに戻ると、バーにはホテル内の外国人が集結していた。日本から持ってきた文庫本を読み始める。
ときどきサイクロンの調子をみようと歩き回ると、ホテルの入り口で日本人がビデオを撮影中だった。今朝ナンディ空港に着いたそうだ。あの暴風雨の中よく飛んできたもんだ。サイクロンなので急遽ここに泊まることになったとのこと。ほかにも家族で来ているかたもいて、このフィジー留学について説明したら興味を持たれたのでメアドを伝え、名刺をいただく。伊東に住んでいるかたで、このあとスバ経由でツバルに行くそうだ。うらやましい。そしてツバルはビザが必要かと思ったが、短期間の観光目的であればビザがいらないことを教えてもらう!行きたかったツバルに行ける希望が出てきた!
バーで読書しているとホテルの偉い人系が来て「5分後からしばらくの間、電気止めます!」とのアナウンス。BGMが切れ、その後ガシャンッと明かりが消えた。まだ昼間なので外の明かりで読書はできるからいいけど。でも、街中は本当に停電なので、これまで電気を使えていたのがありがたいくらい。そうそう、フィジーは発展途上国。
バーの端にある充電ソファ(このたび命名。このソファに座るときは脇のコンセントから電源をもらい、Macやらケータイを充電できる)に座って、停電から明けて初めてのメールチェック。仕事系のメールが来た。F$2分だけ使うため、15分でログオフできるように時間調整しながらブログに日記もアップ。前回ネットを使ってわかったが、15分を1秒でも過ぎると次のF$2が課金されてしまうため、15分きっちりに使うのがポイント。15分1秒になりそうだったら30分使わないとムダ。この従量制の金額、つまりは1時間F$8だから、日本円で約560円になり、かなり高い高い。
あまりにロビー率が高いのでここにいるのも飽きてきたんだけど、部屋に戻ってもなにもできない。部屋には椅子がないので落ち着けるのはベッドの上だけ。隣のソファには日本人2人組がやってきたので前を通るときに話しかけてみた。ニュージーランドでワーホリをしていて、休暇でフィジーに来ているのだそう。
部屋にハンディカムを取りに行き、ハンディカムの中に入っている画像を吸い出す。写真を撮るだけ撮ってブログにまともに載せられない問題を解消。
さっき声をかけた2人組からビールでも飲みませんか?と誘われるので、ピッチャーでフィジーゴールドを注文。大学のときには年上のひとにイタリアでおごってもらった。そのときそのひとに「ぜひお金を稼げるようになったら、次の世代におごってあげて」と言われ、感動して、イタリアの旅がとてもよいものになったので、初めて会ったけれどなにかの縁。今回のビール代はぼくが持つ。この連鎖がいつまでも続きますように。1人は京都出身、1人はソウル出身。ニュージーランドで出会い、仕事も現地でしていたりするが、2人で話すときは日本語なので英語は全然上達しないという。4日間かけてフィジーのビチレブ島(いわゆる本島)をまわり、その後に島へ行く予定だけれど、初日からこのサイクロンで足止めなのだそうだ。地球の歩き方を貸し、ホテル近辺の地図をコピーして渡した。地図がないとほんとにこの近辺はわからない。道は一本だけど、どこにどのお店があるなんてことは、ほんとに言われないとわからないから、地球の歩き方とはいえ、たぶんに役に立つ。側を同じルーム3の外国人が過ぎるので「Would you join us?」と誘ったがほかと約束があるのでごめんと言われる。今後の予定などを聞いたらニュージーランドに行き、オーストラリアに行き、インドネシアで1か月過ごし、タイ、カンボジア、ベトナムに向かうのだという。インドネシアはバリには行かず、スマトラ島など巡るのだそうだけど、「Indonesia for One month???」と驚くと「なんでそんなにおもしろいの?」と訪ねられた。「You are crazy for Indonesia.」と言ってあげておいた。うーけーるー。3人で日本語で話していると、バーの映画上映から抜けてこちらにやってくるアジア系の男性。「日本人ですか?」と日本語で聞いたら「ワカラナイ」というのでそのうち英語で話すようになる。4人ともアジア系なのに英語で話す光景はうける。ほんとに。彼は台湾からやってきた25歳。東京には直前に6日間ほどいたそうで、そのときにパスポートと財布を無くしたそうだ。で、フィジーではほとんどNo planでやってきて、きょうが初日。「寒い寒い」と言っていた。みんなで写真を撮って解散。
台湾男性を部屋に連れ、インドネシアに1か月も費やすインドネシア大好きイギリス人に紹介。「イギリス人はほんとはフィッシュ&チップスなんて1年に2回くらいしか食べないよ」とか「曇りの日最高!」とかイギリス人は話す。ここでも4人で写真を撮る。で、シャワーを浴びる。このイギリス人はいつも早く寝て、朝起きるころもまだ寝ている。ロングスリーパーのよう。何時間寝ればいいんだ?昨晩までいたスペイン人のサーファーは今夜のフライトで飛び立つのだそうだ。だけれど、サイクロンで飛ばなかったらたぶん帰ってくるんだろう、とインドネシア大好きイギリス人は言う。
明日は早い5:30起き。23:40就寝。
※写真はホテルロビーに出ていたサイクロンwarning。「このホテルは自家発電してるけど電力が持たなくなったら、各部屋にろうそくとマッチを配るよ!」ってさ。

6:00起床。同室のサーファーたちはまだ起きていない中、シャワーを浴びて6:45ごろに出発。朝はジョギングをするひととよくすれ違う。しかもiPodらしきものを腕に巻いている。そして「Bula!」と言えば「Bula!」と笑顔で答えてくれる。いつの間にか、自分からフィジアンにあいさつするようになっている。思えば東京マラソンに出るので走り込みをしなくてはいけないんだけれど、全然走っていないや。東京マラソン用の靴も持ってきたのに、夜は危険だから走れないし、でも昼間は行きたいところで用事を済ませるため、後回しになってしまう。
Maiさんに教えてもらったコロニアルプラザのパン屋さんに今日も行き、fruit bunとmilk bunを買う。2つ買ってF$0.55。日本円で約40円。安い。学校はまだ開いておらず、学食のひとが準備をしたのできょうのメニューを聞いたりして、中庭でメールチェック。朝も蚊がいるのでずっと座っていられない。足をずっと動かし続けるのも予防にいいが、どうも貧乏揺すりのようで落ち着かない。そのうちにKyochanが来て一緒にネット。学校が開いたらホールへ移動。Kyochanはお弁当を持ってきていて、ステイ先の家族が持たせてくれたそうだ。ステイする家族に当たり・ハズレがあるのは全世界共通って言われるけれど、フィジーではその差はもしかしたら大きいかもしれないと思った。あ、ここでいうこの差の中間地点は、全世界的にみると「当たり」になると思うので、つまりはフィジー全体でみると当たりが多いが、ハズレの場合はとことんハズレと思っている。
ビジネスクラスは今日からセカンドウィーク。人的資源に関わることで英語を学習する週になるみたい。COGNEXという会社(実在するかは不明)の採用ホームページをみながらKayとグループワーク。「COGNEX就職のメリットとデメリット」「このページをどう思うか?」「就職したいと思う情報が掲載されているか?」など話し合う。Kayは韓国人で、ロスで英語を学習したあと、韓国で英語の先生をしていた。なので、聞いている分には英語完璧。だからどうしてフィジーで学習する必要があるのかと思うが、元々学習意欲が高いようで、Ronへの質問も多いし、困ったときには助けになってくれて一生懸命に暮らすを盛り上げてくれる。年齢が不詳なのだけれど、なんか思うに30代っぽく、このCOGNEXへの就職は「私はこの若者向けの訴求は合わないわ」と同じ意見だった。確かにCOGNEXの採用ホームページには「昼休みには毎日フリスビー大会をやってるよ!」「ピンボールが社内にあるからいつでも遊べる!」とか仕事と関係ないことが掲げられていた。インターンや新卒向けの採用ページだからそんな訴求が受けるんだろうけど。だから検討した答えのプレゼンでは「もしも私たちが若ければこの訴求は納得できる」と答えてみんなには笑われた。
昼休み、裏のインド料理店に行くとうしろさんがいたので一緒に食べる。ラムシチューが辛くない、というのでF$2.5のラムシチューを注文。お金を渡そうとしたら店員のおじさんに「座れ座れ」と言われた。このお店は食べたあとに支払うそうだ。食い逃げが出てもおかしくなさそう。というか、このおじさんは誰がなにを食べたのかきちんと覚えているのがすごい。
午後の授業ではまず「sausage」をやった。このゲームでは何を質問されても「sausage」と答えなくてはいけない。そして答えている途中で笑ったらダメ。「What is this?」と聞かれても「sausage.」、「What is the most popular food in Japan?」「sauasge」、そのうち「Realy?」と突っ込まれても「sausage」と答える。通常、堅苦しい状況を和らげるIce breakingの役割で使われるゲームだそうだけど、Tsukasaは最初から爆笑をしていて、「Ice is already broken.」と笑っていた。Tsukasaについて以前この日記でふれたか忘れたけど、1年以上フィジーに滞在していて、別の専門学校にも通っており、フィジーでは決して日本語を使わないと心に誓い、常に英語で話すひげが特徴の男。休み時間はラジオで英語の番組を聞いている。手元に単語帳を持ち、わからないことばを決して逃さずにメモする姿勢を見習いたい。で、ゲームで午後の眠気もとんだところで授業へ。午後はコミュニケーションクラスになるので、グループに分かれてCOGNEXのCMを考えて演じる。Ronによると、attractiveでinformativeでpersuativeなCMを作ろうという命題を出される。ターゲットは若者、だ。TsukasaとSaori、Kayとぼくの4人で考える。Saoriは社会人として働いていたが退職し、長期でフィジーに来ている。ビジネスクラスの先生、Ronのギャグに常に笑っているのでかなりのリスニング力がある。休み時間は突然机の中からバナナを出して食べ始める姿がfunny。で、Tsukasaが素案を作り、一生懸命に演じるも、Kayが途中で「a little bit long」と突っ込むのがおもしろい。で、必要最小限の科白に絞ってラジオCM完成。Tsukasaが失業者、残りがCOGNEXの社員という設定。Tsukasaが街中で「どうしよう。会社クビになっちゃったよー」というと「そうか。キミはラッキーだよ!なぜなら、we are COGNEX!」と始まる。一人ずつ「nice welfare!」「good saraly!」「awesome inssualance!」と言い、最後にはTsukasaも交えて「we are COGNEX!」で終わり。一瞬にしてみんながアクターになってかなり完成度の高いCMができあがった。
放課後、ホールでおじさんの無線LANの設定をしようとしたが、無線LANカードのドライバーを持っていないようで、明日設定することにした。ドライバーのダウンロードも2時間くらいかかりそうな環境なのでホテルでダウンロードしようと思う。15時過ぎに学校を出発。うしろさんのステイ先に行き、インド人のホストファザーにホテルは食事がまったく付いていないことを伝えると「じゃあ、うちで食え」とありがたいことを言われる。何度かはお世話になろうと思う。ステイ先を出発するとすぐKyochanとTaku、そして●●(ああ、名前を忘れた)に会う。バスでひとまず大黒を降りて、向かいにあるというヨガのクラスを見ようと思うがいくら見ても見つからず、その辺にいたおばちゃんとお兄さんに聞くも「わからないなあ」と言われる。お兄さんは明日から日本語を習いに行くようなので日本人と話すのがうれしいみたいだけれど、明日から習うためにまったく日本語はわからないそうだ。諦めてナンディタウンへ。MHマーケットの向かいでTomomiとMiho、●●(ああ、また忘れた。)がいて、ビーチコンバーに週末行かないか?と誘われる。ビーチコンバーは断然キレイな島だそうで、誰もが一度は行きたいところ。今回のFBIの友人紹介の特典にもなっていて、Aiは自分のお姉ちゃんが留学を始めた理由はこの特典だと言っていた。すんごい強力。ナンディタウンに来たのは、フィジーのフォーマルウェアであるスルとBulaシャツを買いに来たから。Bulaシャツはアロハシャツに似ている。というか、日本人はその違いがわからないと思う。ハイビスカスかほかの花か、の違いかな。スルは男性用のスカートのようなもの。末広がりではなくって、腰幅のまままっすぐなシルエットになるのでとても引き締まって見える。左右と正面にポケットが付く。腰に巻いて、通気性もよく、スピーディにはける。先週、Maiの送別のときにHiroshiが着ていたのが印象に残り、ぼくも欲しくなった。歩いているとRonに会い、「じゃあ、一緒に見に行こう」というので見てもらった。店によっては高かったり、生地が悪いものもあるらしく、表通りや裏通りを一緒に散策して見てくれた。「ここはちょっと高いよ」と教えてくれたり、値段が安くても「もっと安くしてよ」と店員にディスカウントさせたりしてくれた。で、黄色いBulaシャツと黒のスルを購入。紺色や茶色も迷ったが、黒がスルとしてベストな色だそうだ。RonはBa(フィジーで究極に短い地名。日本の津みたいなものか)に住んでいて、このナンディタウンから2時間かけてバスで帰るという。買い物に付き合ってもらって帰宅時間が遅くなってしまったことを詫びると「だいじょぶだいじょぶ。この後もなにかあれば言ってくれ」と言ってくれた。なんていいひとだ。
バスターミナルから始発のバスに乗る。いつ出発するのかわからなかったが、いつか出るだろうと気長に待っていたら5分後に出た。バスでNamakaに行く。バスの中ではラジオが流れていて「サイクロンが・・・」とか「決して外に出ないように」とかいう言葉が断続的に聞こえる。Namakaに着き、Yukoに聞いたヨガのクラスを探した。MHマーケットNamaka店の前にあるというのですぐに見つかった。入る前からエアロビクスの音がして「1!2!3!」とかいうインストラクターの声が聞こえる。鏡に向かって日本と変わらぬ格好でみんな汗をかいていた。近くにいたひとに「参加したいんだけど、どうすればいいの?」と聞くとこのジムの責任者を呼んでくれた。責任者はインド系おじいさんのアサさん。ヨガクラスに参加したいことを伝え、予定表をもらう。水曜日の朝6時からのクラスがあって、ストレッチできる格好で来てくれと言われる。朝6時は日本的にはとても早いけど、フィジーではすでに活動時間内で早すぎる時間ではないみたい。自分の名前を名乗り握手。向かいのMHマーケットで青リンゴと英語日記用のA4くらいのノート、単語韔用の小さいノートを購入。店内にはリタイヤして同じFBIに来ているおじさんに会う。ここではあまり果物を食べないので、ビタミンが欠乏する。だから自分から積極的に果物を買って補給しておかないといろいろと体によくない。
歩きでホテルに向かう。途中にあるレストランに入り値段のチェック。「今晩じゃないんだけれどいつかここで食べたくって、メニューをちょっと見せて」と言い、メニューを借りる。結構キレイなお店だから値段も高いと思ったら、やはり相当の金額。寿司もあったりして、魚系のお店のようだ。店内には氷の上に魚を乗せたり、キッチンがキレイなので味に期待もできるが、ちょっと高いかな。空の色がオレンジがかっていて、これまで見たことのない色だった。ホテルに着くとさらに緑色の雲がみえて(写真撮れなかった)、ホテルの中庭では欧米人がこぞって不思議がっていた。「なんで雲が緑色をしているの?」と聞くと「ぼ、ぼくもわっかんないよ!terribleだ!」とか言ってた。部屋にはいると昨晩と同じメンバーがいた。きょうはコーラルコーストに行ってサーフィンをしてきたそうだ。「今、空に緑色の雲が浮かんでるよ」と話すとみんなが外に見に出て行く。ホテルの従業員のフィジアンに「サイクロンはもう過ぎた?」と聞いたら「It's coming!」と言う。「Coming!?」と慌てるとあははははははと笑われ、「Don't worry」と言うが、その脇では窓に木の柵をはめて、割れないように対処し始める気の入れよう。
今晩は夕飯をホテルで食べた。Rossiバーガーというのがあったので頼んだが、Rossiの意味を説明してもらったが、よくわからなかった。食べているとオーストラリア出身のおじいちゃんが向かいに座り、いろいろと話し出す。娘の知り合いに日本人がいるそうで、親近感があるそうだ。1時間くらい一緒に話す。北海道や山形にも来たことがあり、「日本の文化はすばらしい。みんなに敬意を払う国民性に感動した」と言われた。「何歳だと思う?」と聞かれたので「63歳?」と答えると「ありがとう、hako。今年76歳になるんだよ」と喜んでいた。
部屋に戻り、同室のサーファーとあいさつ。スペインから来ているアチャ(たぶん)で、世界中の波に乗っているそうだ。手元には全世界のポイントがわかる冊子を持っていてかなり読み込んでいるようだ。日本も九州や沖縄が紹介されていた。スノボもやるそうで、オーストリアが一番よかったと話していた。バーに英語日記を書きに行く。同時に脇のコンセントを借りて一眼レフの充電。英語日記は5〜10行くらい書ければと思っていたら1ページ書いてしまう。ただし、英文は高度ではなくって、中学生レベル。部屋に戻り、0時前に就寝。

フィジーについて9日目。この1週間は本当に本当に長かった。ここまでの流れを一通り自己満足的におさらい。
成田から特に問題もなく、そしてスムーズにフィジーに到着したものの、ホームステイ先が想像以上にbadで、勉強以上に精神を使う羽目になった。笑わないし、食事も一緒に取らないし、時々叫ぶし、なによりも英語を話そうという気が無く、welcomeの気持ちが微塵も感じられず、留学6日目にステイ先を変更してホテル住まいへ。学校の授業はちょうどよいクラスからちょっと難しめのビジネスクラスへ引っ越し。ビジネスクラスといってもビジネスで即効のスキルは特に無くって、単語が少しビジネスライクなものが増えたり、会話が速くなるので、授業の40%程度の理解がやっと。でも活発で楽しいし、クラスメイトがおもしろいのがいい。放課後は、ステイ先を飛び出すために空港事務所に行ったり、デナラウのホテルプールに入ったり、インド人の子どもとサッカーをしたり、クラスメイトと飲んだり。たっぷりと楽しむ。

そして、今日。
ドミトリーの部屋の宿泊者はぼくだけ。空港に近いのでトランジットに使うひともいると思うが、真夜中に入るひとはいなかった。6時に起きてすぐに洗濯。インド人宅にステイしていたときに一度洗濯したがまた溜まった。臭い生乾きだったものもあるので合わせるとちょうど洗濯機いっぱいになる。レセプション(ホテルの「フロント」は英語で「レセプション」という)で洗濯と乾燥のコインを買う。ともにF$3.1。日本円で約250円くらい。結構高い。洗濯は25分、乾燥は35分くらいというので、その間、ホテル内のレストランでMacの充電をしながらブログやメールチェック。ホテル内に無線LANが入っているのでレセプションで15分F$2のインターネットカード1時間分を購入したら繋がった。洗濯が終わるとMacをいすの脇に隠して乾燥機に入れ、乾燥が終わった時点ですべての荷物を持って部屋に戻って太陽のにおいが擬似的にする洗濯物をたたむ。
8時に学校前でTomomiと待ち合わせをしていたが、時間になっても来ないので近くのコロニアルプラザにあるパン屋さんでパイナップルカスタードパイとココナッツロール、新聞のsunday sunを購入。このパン屋さんは朝5:30から18時まで営業。かなり使えるお店。ココナッツロールもおいしい。学校前に戻るとTomomiの姿が。ぼくの時計が早かったみたいで、Tomomiは時間通りに到着したという。本当はバスに乗って来る予定だったが、バスが満員になるまで出発しようとせず、しかも日曜でお客さんが少ないので20分deleyしているそうだ。なのでタクシーで高いお金を払って来た。
空港までミニバスで行き(F$0.5)、Europcarでカローラを借りる。先日話したお兄さんがいたがやたらと機嫌が悪かった。あとでTomomiが理由を聞くと夜勤が8時に終わるのに代わりが来ないらしい。レンタカー代はF$112だがデポジットとしてF$600をクレジットカードで取られた。車を戻したときにかかった費用を引いてrefundするそうだ。Europcarを選んだのはAVISやハーツにも行ってみたものの、みんなF$150だったりして高いから。
空港からひとまず朝マックを食べようと向かうが、途中で道を間違えてしまう。フィジーには3つの道路が交わるところでは、時計回りに回って行きたい方向で外に出る交差点がある。ここでナンディタウンに向かうところを首都スバへの道に行ってしまったため、見たことのない道路を走ることになる。そのうち、キレイな寺院が見えた。ちょうどなにかのお祭りをしているらしく、派手な音楽と派手な衣装のインド人がたっぷり並んで歩いていた。入場料かかるし、撮影禁止なので外から見学。ナンディタウン行きの矢印があったので曲がるといつものタウンの通りだった。日曜だからほとんどの店がお休み。MHマーケットは午前のみの営業。マックに着くと以前会ったエドワードと目があった。彼はぼくのことを覚えてくれていて「Nice to see you again」と喜んでくれる。日曜だというのにエドワードはかなり働き者。日本にはない「ELTマフィン」のセットを注文。ELTはエッグ、レタス、トマトのマフィンだとエドワードが教えてくれた。ハッシュポテトは日本と同じ。TomomiはセットにプラスしてマックフルーリーのM&M'sを注文。このフルーリーは日本には無い。
マックからスバに向かってひたすら進む。フィジーの内陸部は箱根ターンパイクのような山並みが続き、緩やかに坂があるので走っていて気持ちがいい。しかも微かに霞むので幻想的な時もある。以前、Europcarでお兄さんに聞いた分では地図上で左下から下部はキレイなビーチが続いているというので、ナッタンドラで右折すると未舗装の道路になる。その脇でおじいさんが手を回しているので窓を開けて聞いたら「ナッタンドラは別の道だ。案内してやるがF$2だ」というので「じゃあ、やめるよ」と話してUターン。そのうちに次の街、シンガトカへ。でもすぐに山奥に入ってしまう。未舗装や舗装の道で、かなりボロボロ。いつパンクしても可笑しくないくらいの道になる。未舗装ばかりで怖いので引き返した。やはり道を間違えていた。シンガトカはさとうきび運搬の線路の橋が川にかかっていていい被写体になる。ただし、フィジーに来て初めて触った一眼の電源が入れっぱなしになっていて、まったく使えなかった。きょうはハンディカムも持ってきていないので自分が撮る写真は1枚もない。
車の中ではTomomiは「hakoに話したいことがいっぱいあるので聞いて」という。いっぱいあるそうだが、話はよく脱線したので、すべて話したいことを話したのかは疑問。特にステイ先と将来に不安があるようで、ステイ先には予定をよく変更させられたり、無理を言われたり、約束を破られたりするという。将来MBAを取得の夢のあるTomomiは帰国後も不安で、必ずイギリスでMBAを取るそうだが、そのためのお金や専門学校など、相談に乗れる部分だけ乗る。
車を走らせて3時間くらい、フィジーの地図でいうと下部にあたるコーラルコーストに到着。ここはフィジーで最初のリゾートだそうで、ちょっと古いものから最近建てられたようなホテルが建ち並ぶ。地球の歩き方に乗っていた「ル・カフェ」の前に車を駐めて、ビーチを歩く。きょうは風がとても強くてビーチには10人もひとがいない。でもいるのは白人ばかりだから、白人大好きなTomomiは興奮。話しかけたひとがイギリス人だとわかると会話が弾み、英語上手だと言われると喜ぶ。このとき話したのはポールとディビご夫妻。「スコットランドも行ってみなよ。6か月間ならビザなしでイギリスに滞在できるよ。」といってくれた。Tomomiは「こんな海岸で馬に乗れたら最高だろうねえ」と話していた。すると、ル・カフェに行くとき、地元にひとに乗馬に誘われる。高いかと思ったが30分F$10というので1時間後に約束。日本円で約700円は安い。ル・カフェでフィッシュロボを食べる。タイで食べた空心菜のような味で、ご飯と一緒に食べる。1時間後に乗馬。道から海岸に出て、海風に吹かれながら馬に乗る。日本で売られているフィットネス器具の「JOBA」のような動きなので腰と内ももを使う。15分過ぎたころには内ももの筋肉がぴくぴくしてきて、たぶん馬にはそのぴくぴくが通じていたかも。水平線をみると、右から左までずーっと続いていて、とても微妙だけど、地球が丸いことがわかる。微妙に弓形に見える。馬は砂浜を走り、元の道路に戻るとき、2頭並んで歩いていたのが、ぼくが乗っていた馬が途中できちんと止まって待つのがスマートだと思った。乗り終わって、先導のひとに「He is clever」とほめておいた。14:30、暗い中、山道は辛いし怖いので、明るいうちに戻ることにした。
ドライブできたし、朝マック食べられたし、遠くに来れたし、ビーチに行けたし、イギリス人と話せたし、馬に乗れたし、とてもハッピーでラッキーだった。ただ、帰り道、腹痛に突然襲われる。運転は問題無いので、そのまま運転しながら腹痛に耐え、ハードロックカフェのあるデナラウに向かう。帰り道は2時間くらいで着いた。ナンディタウンからデナラウに曲がってしばらく走ると走行音に異変が。いよいよか、と思ったら本当にパンクだった。タイヤはキレイに英語通りフラット(英語ではパンクを「flat tire」という)になり、道ばたに駐めた。ひとまずトランクにあった道具でせこせこと持ち上げるもタイヤが外せない。そう悩んでいたら白人の女性の車が止まり、「どうしたの?」と優しく声をかけてくれた。彼女はウィリアムズ。デナラウの不動産を扱い、2年フィジーに滞在しているそうだ。Tomomiを乗せて近くの工場に連れて行ってくれ、その間、ぼくは車でまちぼうけ。この間も腹痛が止まらない。そのうち2人が戻ってきて、Europcarに電話をしてくれた。「あなた汗かいてるわよ。これで拭きなさい」とウェットティッシュをくれた。たぶん汗は汗でも腹痛で出てきた脂汗だと思う。ありがとう、ウィリアムズ。名刺をもらい、別れた。Tomomiによると、ケータイでEuropcarに電話をしてくれたとき、車を駐めた場所を「あのドクターの家の前よ」と地理感があり、さらに「20分で来るのね。絶対?絶対約束よ」とこちらの絶対的な味方で連絡してくれた。ありがとう、ウィリアムズ。外にいると蚊に刺されるので車の中で待つ。するとイギリスっぽい発音の若者が「窓を開けろ」というジェスチャーで寄ってくる。開けると「そこが一番危険だ。移動したほうがいい」というので指示に従って車を移動。くの字型のコーナーの内側にいたのだが、行き来する車からよく見えないので事故になりそうなのだそうだ。つくづくみんなやさしい。そしてEuropcarのエンジニア到着し、タイヤを緊急時用に交換して、ナンディタウンを抜けたところにある最寄りのタイヤ工場へ。しかし、完璧に裂けてそのままでは修復できず、中のチューブを入れ替えても元に戻らないのでそのまま走ってくれ、ということになった。
再びデナラウに行き、まずはキレイなトイレへ。そしてハードロックカフェなどの店を巡る。ちょうどデナラウカー(というのか定かでないけど、デナラウのホテルを一巡する無料バス)が来たので乗ってシェラトンへ。宿泊者のふりをしてプールや海岸に出る。デナラウカーに乗っている最中、白人を見つけるたびにTomomiは話しかけ、「あ、このひとは冷たいイギリス人」などと反応度合いを見てから話しをしていた。結局、ここで食べるのはお金がかかるのでマックへ行く。マックはきょう2回目。エドワードはさすがにいなかった。ビッグマックのラージセットを頼んだら、でかいビッグマックが来るのかと思いきや、ドリンクとポテトが大きいだけだった。なあんだ。ドアにはガードマンがいてちょっと怖い感じだが、月曜にKayに聞いたらATMを守るのだという。ここのマックは以前襲われてATMごと盗まれたことがあるそうだ。
Tomomiをナンディタウンのバスターミナルよりももっと奥のステイ先に送り、空港へ。パンクしたタイヤは保険で無料になる、と思っていたがしっかりと代金を取られた。F$112のレンタル料とF$130のタイヤ代で、約2万円ほどの出費になる。でも楽しい1日だったからいいや。
空港からホテルまではタクシー。運転手がいないので別のところに行こうとしたら呼び止められる。F$5だと言われたので「No. F$4.」と必要最小限のことばで、さらに低音の声で話したら一発で交渉成立。ホテルにつくと今夜はサーファーたちがいた。プールサイドのテーブルで日記を書き、0時ごろに就寝。今晩はクーラーが効かない。なので部屋に入った瞬間にむわっとして、イギリス人ぽい同じ部屋の外国人が「おまえのカードでも動かないか?」と聞くのでドアの脇にカードキーを差し込んだがそれでも同じだった。とても暑いのでゴキブリが心配。顔を這わないでほしいが。
20080128.JPG

「6:15に起きるよ」と行っていたように、太っちょLondonおじさんが先に起きる。ぼくも同じ時刻から出発準備をしたいが、思えばちょっと早いので日記を書いていると「ほら、日本人は起きてすぐもすごいだろ。」と息子2人に話している。「さすが、寿司と食パンを一緒に食べるひとたちだ」とごく少数な日本人の食事方法を言われたが、「でしょ?」と答えておいた。2人の写真を撮って、おじさんは先にロビーへ。その後、息子さん2人からも代わる代わるあいさつ。「Take care」がこの場合いいのか知らないけど、そんなことばを話して見送る。スーツケースに水着やらシュノーケルが入っているのでBaggage roomに行ってスーツケースを引き取る。Londonおじさんと途中で会い、「ロビーに日本人おじさんがいるよ」というので行ったら同じ学校のひとだった。これから日本大使館のパーティに行くという。うらやましい。
スーツケースからシュノーケルやゴーグル、水着、タオルを取り出して、7:50くらいにロビーへ。みんなとともにサウスシーアイランドへ。迎えのバスが来て、一昨日行ったデナラウの港から船に乗る。同じ学校のみんなも何人かいて、船の最上階最前列で日本人大好きな写真撮影。きょう行く島は出航後30分で着く。一番最初に見えてきた、おもちゃみたいな島がサウスシーアイランドだった。島一周を歩いても5分もかからないくらい小さい島。乗ってきた船から北朝鮮難民が乗りそうな小型船に乗り、島のひとが歌を歌っていてくれる中、上陸。この島のツアーでは島内でお金を必要としない。昼飯、シーカヤック、シュノーケリング、魚の餌付け、そして飲み物飲み放題。これでF$99、日本円で約7,000円。安すぎ。焼けちゃいけないからSPF50+を塗りたくり、できる限り影で休むようにしようと思ったけれど、結局はかなり遊ぶ。海に飛び込み、シーカヤックで一周し、船に乗ってシュノーケリングポイントから魚の餌付けを午前と午後2回行った。午前は波が無くて、魚に指をかまれるくらい寄ってきた。半潜水艦にも乗船。珊瑚がたっくさんあって、そのまわりに水色の小魚がたくさん泳いでいてきれい。同じ学校の仲間もいたのでバレーボールをやる。地面が熱くて、日なたでボールを待っていられず、サーブ待ちのときはついつい影に身を寄せてしまうので、サーブするまでみんな四隅に潜み、ゲームが始まると一斉に出てきた。
サウスシーアイランドのメインの建物の2階はドミトリーになっていた。2段ベッドが並んでいて、ここで夜を過ごしたら、夜空の星が恐ろしいくらいに見えそう。ほんとうにサウスシーアイランドのまわりにはなんにもない。自分で作れそうなくらい小さな島。
時間があっという間に過ぎて、見送りに、行きのような歌をプレゼントしてくれた。ここの従業員は一人何役もこなしている。踊れる曲もあって、みんなで肩を持ちながら回ってみたりする。18:00くらいに出発。小型船から行きに乗った船に乗り換えてデナラウへ。一番後ろのデッキに腰掛け、隣に座るインド系の女性に話しかける。ポロシャツから推察して「従業員?」と聞いたら「ダイビングのガイドをしている」という。でも本職は南太平洋大学の大学4年生。海洋生物の研究をしているのでライセンスを取ったんだと。わずか2年間でダイブマスターという、ダイビングでは最上級のライセンスと取得。かなり頭がいいとみた。ぼくは英語を習うためにフィジーにいると話したら、学校を知っていて、フィジーの首都スバ(学校のあるナンディから車で3時間くらいの距離)でも有名らしい。妹がマナ島で5月に結婚式をする話をして、マナ島はダイビングにもシュノーケリングにもいい場所だと教えてくれる。別れ際に、いつか日本にも来てねと話したら「ビジネスカード持ってる?」と聞かれたので、船長(名札に「CAPTAIN」と書いてあったから)からペンを借り、メールアドレスを渡した。
デナラウからバスに乗り、スカイロッジへ。日も暮れて、MegumiとTakuはぼくの住むドミトリーを見学。Megumiの帰り道が危険なので、男2人で送ることにした。舗装された道を歩き、その後草が脇に生える未舗装の道路へ。明かりは1つも無く、夜はとても怖い。家に着くと、ちょうどホストのおじいちゃんが出かけるところだったので、帰り道はTakuとともに車に乗せてもらって、メインロードに出る。タイミングよかった。
部屋に戻ると誰もいない。と思ったらゴキブリがいた。出ないと思っていたゴキブリが出て憎たらしいので、近くにあったパンフレットでたたき殺す。フィジーのゴキブリは大きいと聞いたけど、以前の実家でみたのとあまりサイズは変わらず。シャワーをあびたら、シャワーカーテンの中にゴキブリがいて慌てた。こちらは熱湯で茹でて殺してトイレにポイ。ゴキブリは苦手だけど、自分が生きる場所に出ると以外と本気で殺せるものだ。これを書いている22時過ぎ現在、外はすぐプールとバーなのでたくさんのひとが生演奏に聴き惚れながらアルコールを口にしている。そして、ドミトリーにはぼく以外誰もいない。今日は英語をあまり話していないので、ちょっと物足りないから英語圏のひとが来てほしかった。
そして日焼け。ひりひりしてきた。右腕はサウスシーアイランドに行くためのリストバンドをつけていたが、その後が見事に残った。

夜中に何度も起きてしまう。エアコンの効いている部屋で寝るのに慣れていないので寒い感じがして起きてしまう(のだと思う)。昨日寝ていた2人は欧米人でともに女性だった。隣の欧米人は朝早く、6時前に部屋を出て行った。7時前には出発したいと思っていたが、起床がちょうどその女性と一緒になってかわりばんこにトイレに行くのでなかなか進まない。でも怪しまれることもなく、2人とも旅立ち。そしてそれを追うようにして出発。
学校には歩きで5分くらい。ちょう近くなった。そして、学校に着くとまだ開いていなくって、Tiki先生やSai先生らが中庭でくっちゃべっていた。Tikiには「新しいところはどう?」と聞かれたので授業のことかと思いきや、新しい滞在先スカイロッジのことだった。特に問題も無いので「soso」とか答えた、と思う。そのうち、1人ひとり中庭に増えていって、それでも開かないので中庭の机でメールチェック。東京は最高気温が1度らしい。寒すぎだと思う。ドアが開いたみたいでちょっとずつひとも減ったのでホールへ。ホールでつなぐとダウンロードも心なしか早い気がする。でも22メガのデータを送ってもらったのに、ぜっんぜんダウンロードできないのがつらい。結構大切な仕事のデータなんだけれど。
授業の前に、入り口の上をみると蟻の行列が。ドアノブにかけていたゴミの糖分をめがけて蟻が這っていた(この見事な光景はハンディカムで撮影しておいたのでのちほどアップ予定)。授業はTESCOのカンパニープロファイルをみんなで考え、Hiroshiが書く。Hiroshiは頭がおにぎりみたいで、本当におにぎりと呼ばれていて、目がよく線になる男なのにかわいい21歳。書くのがvery slowlyなので隣に座るMakoがいよいよお姉さんとしてしつけに入った。Makoはビール会社を辞めて長期留学をする女の子。Makoの発音はキレイで聞きやすい。そしてブートキャンプをフィジーで毎日がんばっている。どこかであったことがあるような顔をしている。Kyo-chanは見た目、Hiroshiと同じ年かと思っていたら実は18歳だときょう知った。でもあまり18歳には見えない。入学直後から通り過ぎるときにあいさつをしてくれていて、とても和ませてくれる。そしてKay。Kayは韓国人で、もうほとんどネイティブなんじゃないかと思うほど英語が早いし上手い。Ice breakerとして最初に発言をしてくれる。
休み時間にMihoを探しにRoom18に行ったら階段で会えた。なんだか顔をみた瞬間、ほんとにほっとした。よかったよかった。でも本人はいたって普通のようだけど。休み時間後、TOEICのリスニングテストをみんなでやる。でもCDプレイヤーが壊れていて、このMacを使って再生したもんだからボリュームが小さくって、みんなでMacのまわりにひっついて解答。思った通り、Macの正面に座ったひとと脇や後ろに座ったひとは得点が低い気がする。envyだ。
昼休みはデータをダウンロードしたいので、学食でカレーを買って、ホールで食べる。Seiyaがやってきて「デフォルトゲートウェイはなに?」といきなり聞くので驚いたけれど、Seiyaはかなりのコンピュータ博士で、ぼくはまったくわからないようなことをPCでカスタマイズしているみたい。Windowsなのに画面がMacライク。で、そのデフォルトゲートウェイがわかれば無線LANに気軽に繋がるらしいのだけれど、Macだからそれが見れないみたい。ちなみに自分のMacは問題なく繋がった。Masakoもやってきて、PCが動かないというので調べたら、ネットにつなぐためにPCがモデムを作動させているのがわかったからそのデータを削除。人助けがまたできた。
午後の授業は、きょうがラストのMaiを送るfarewell party。Maiが入ってくるときには、みんなでゲートを作って迎えた。HiroshiとMakoがコロニアルプラザでお菓子と飲み物を買ってきてくれて、みんなでわけながら話す。Ron先生はフィジーのおつまみを出してくれて、ちょっぴりカレー味でハーブも入っているのかおいしい。
放課後、Maiとアドレスを交換。その後、空港のFBIオフィスに向かう。Tomomiは自分のホームステイ先について「熱く語っていいですか?」と吉永さんに前置きをしていたので別室へ。自分はステイ先がスカイロッジになったという報告をした。カンタスやニュージーランド航空のオフィスを巡り、オーストラリアとニュージーランドのフライトスケジュールと価格を調べる。自分の英語が学校以外のひとに通じるのが気持ちよくなってきた。しかも「Perdon?」とか言われずに、スムースに話が進められるこの快感がたまらないので、要らないことまで話してしまう。パシフィック航空の事務所にも行き、トンガやサモアの時間も調べるが、正直安いわけではない。だいたいF$800くらいはする。もちろん往復。
ケータイをみんな持っていないので、待ち合わせは事前に必ずしなくてはいけない。Tomomiが日曜にホームステイの家族と一緒にいたくないというので学校に待ち合わせすることにした。小学生のころみたいで懐かしい。18:00から1週間で帰国するひとの夕食会に呼ばれていたけど17:15くらいで時間があったからNamakaマーケットでバスを降りる。マーケットではMaiさんに出会い、日本でインド料理をするための材料を購入していた。日本で売られていない材料もあるのできっちり探さないと。Maiはたぶんいい奥さんになると思う。久しぶりにみる、日本的でさらにまともな女性な気がする。
その後、向かいの生もの売り場に行くが、バナナ、キャッサバ、タロ芋、カバ用の根っこ、ハエのたかった蟹や鮮魚があった。一部にまわりとは違い、新しい、そしてキレイな店があったので入ろうとしたら、●●(名前を忘れた。デフォルトは関西弁だけど気遣って標準語を話してくれる女性。彼女は生まれつき頭がよさそうな感じがする)とその友達のフィジー人に会う。キレイなお店はホームセンターだった。ふと歩いていると南京錠を見つけたので、スカイロッジ用に1つ購入する。あったほうがよいものがふと見つかると、なんだか運がついているような気がする。店員さんにワイヤーも探してもらったがなかった。その後、またマーケットに戻るとうしろさんとSeiyaが歩いてきた。ネットカフェに行ったら日本人で満員だったそうだ。その代わりに入った近くのカフェはキレイだったと教えてもらった。2人とはその場でしばらく話して、滞在先変更のことやら現地人との相性など相談。さらに歩いて別のマーケットに入り、シリアルを固めたようなビスケットを購入。そこには昨日の晩、「テレビに出てるひとでしょ!」とか言われた●●(ああ、名前を忘れた。たくさんのひとに名前を教わるからわすれがち。ごめんなさい)とも会う。
歩きで今晩のパーティ先に行く途中、さっき会ったうしろさんとSeiyaがうしろさんのホームステイ先の庭にいたので混ぜてもらった。インド人のファミリーで、孫もいる。ホストのおじいちゃんの名前はアジャ。うしろさんやSeiyaはあまり英語ができないのか、それほど話していないみたいで、自分がアジャさんと話していると感心された。孫は5〜12歳くらい。特に12歳の子はいまニュージーランドに行っていて、休暇で戻ってきているらしい。かなり積極性があり、自己紹介やら握手の仕方も慣れている。真ん中の子は「ウェルカムカム♪」がはやっているようで、自分でいって爆笑をしていた。で、うしろさんを指さして「彼は日本語を知っているんだよ。なぜか知らないけど」と話したら笑ってくれた。5歳の子を除いてみんなでバスケットボールでサッカー。ボールがボールだから普通に重い。そして痛い。パスをまわしたり、ヘディングをしたり。ゴロで来るボールをヘディングしようとすると笑ってくれるので、子どもは世界中変わらないんだなあとうれしかった。一番下の子が赤い実を持ってきてくれた。名前は忘れたが、すももに似た感じ。そうそう、フィジーでは小学校から英語が必須。さらにフィジー語もヒンディー語もNGなので、みんな英語がまともにしゃべれる。あと、真ん中の子は、自分の部屋ナンバーを当てていて「ルーム3でしょ?」というのでびっくりした。聞いたら「まったくの勘」というが、一種のセンスだと思う。ハンディカムでサッカーの様子やみんなで集合写真を撮る(この映像もあとでアップ予定)。あとでニュージーランドとフィジーにDVDを送る約束をした。
19:20ごろ、歩きでMichikoさんの帰国パーティ会場へ。学校からすぐ近くの、高級住宅街っぽいところに行く。道には迷わなかったが、2軒あるうちのどちらなのかが迷った。片方からは日本語の声がしていたが、かなり大人数いるようでその陰も見える。ケータイを教えてもらっていたので、かけたがつながらない。さすがフィジー。そのうちに玄関先に出てきてくれた。もう1軒のほうだった。フィジー人の家庭は初めて。お父さんは軍人で、カイロやレバノンに駐留する多国籍軍に1年や2年いたことがある。日本には1時間だけトランジットで滞在しただけ。今年、もしかしたらイラクに行くかもしれないという。上官に指名されたら断れないので、行く覚悟はあると行っていた。でも何度もぼくからは「反対だ」と伝えておいたけれど、奥さんも「しょうがないのよ」といい、夫婦そろって覚悟決めている。そして軍人だけあって筋肉が盛り上がっていて、腕が平均的な日本人の太もも以上ある。必要な部分だけ筋肉がついているというよりも、抜け目なく筋肉をつけているので、キャンディのような両端が細い形ではなく、円筒に結構近いほどまんべんなく筋肉がついている。どうしたらこんな付き方ができるんだろ。Michikoさんが作ったチキンのホイル蒸しや白身魚のココナッツソースかけ、焼きなすをいただく。たくさんの留学生を受け入れているので、たくさんの日本人の名前が出てくる。午前1時にようやく毎日帰ってくる女性や、毎日泣いていたひとやら、悲惨な話もいろいろ話してくれた。日本人の友達がたくさんできて、とてもうれしいみたい。お父さんはひとの目の前にあるものをとるとき「チュロチュロ」と言う。そういえば、クラスのHiroshiもそんなことを言っていたので意味を聞いたら「Excuse me」だと。丁寧なひとだ。お母さんは2時間くらい電話で話していたようで、ぼくが食べ終わりそうなときにやっと電話を切る。相手はオーストラリアに住む妹さん。酒を毎日たくさん飲む中国人のご主人で問題がいっぱいらしい。でもお母さんは悩みに真剣につきあっていないみたいで、「それはあんたがいけないんでしょ」といつも言っているそうだ。お母さんは元教師。FBIの初代先生でもあり、始めて1年後に「先生か、ホームステイか、どっちがいい?」と言われてホームステイ先の家として登録した。元教師だけあって発音がキレイ。そしてゆっくりと優しく話してくれた。お腹もいっぱいになり、写真をみんなで撮って20:30ごろに出発。スカイロッジまでごくわずかの距離だけど、暗いので道を走った。
部屋に入ると大柄な、ひげもじゃのおじさんと目が合う。さっそくあいさつをしたら、そのまま30分くらい話し込んでしまった。彼はLondon出身。貿易関係の仕事をしていて毎日のように飛び回っている。今はバケーション。サモアからフィジー、ニュージーランド、オーストラリアを旅行するのだという。パスポートを見せてもらったらいろんな国のスタンプが押されていた。日本に行ったとき、「ありがとう」と「おりがみ」を習い、「『ありがと』というところを『おりがみ』というとみんな笑うんだよー」と言い、頭を下げる仕草を何回も何回もして楽しませてくれた。話している最中、左のくるぶしを蚊に刺され、「たぶんあんたが入ってきたときに一緒に来たんだな」という。彼はTATOOをしていて、左腕に「忠実仲父」の漢字4文字。「続けての意味は無くて、自分が大切にしているものだ」という。右腕には息子さん2人の名前。そして左のくるぶしには蚊のTATOO。さっき、蚊に刺されたのはひょっとしたら伏線か?「中国のひとをどう思う?」とか「北朝鮮は?」とか「六本木と入谷に行ったことがある。六本木はつまらない」とか言っていた。何度かたばこを吸いに外に出て行っていたが、そのたばこが手で巻いたようなアナログなたばこなので、Illegalな感じがする。ドミトリーのドア脇にはカードキーを差し込んでおかねばならず、Londonおじさんのカードが指してあるので、「俺のカードを指しっぱなしで出るから、戻ってきたらノックするから開けてくれ。」「何回?」と聞くと、「4回。いや、3回。いや、5回か2回かもしれない。いや、1回かな」という。「最後に『おりがみ』と必ず言うよ。言わなきゃ別人だ」と。このひとはいちいち楽しませてくれる。ワインボトルを一人でベッド脇で空け、眠さも来たみたいで先に寝てしまう。同じ部屋にはたぶん息子さんだと思う2人もいたが、一眼で撮った写真をアップロードできないので、レストランで電源を借りつつ、iPodに入れる作業をしていた。0時には就寝。Londonおじさんとはこの間、ずっとずっとしゃべっていた。久しぶりに横腹が筋肉痛になりそう。

いつもは扉を開けないと呼ばれないのに、今朝はまだ起きないうちから「hako, breakfast.」とmomに呼びかけられて起きる。6:15くらい。昨晩から寒くって何度か起きていたので呼び声はしっかりと聞こえていた。なので、「yes」と答えつつ、扉をすぐに開けた。寒さは想像以上で、なにもかけないで寝るので明け方は相当寒かった。で、4:30くらいにTシャツを着込み、窓を閉め、うつ伏せになって体温を逃さないようにし、じっとあたたかくなるのを待ちながら夜が明けた。
朝食はかぼちゃをマッシュしたものとロッティ。リビングでは誰もいないので、最後の朝食も一人ということになった。荷物が重いから6:45には家を出る。隣家のひとも出てきて見送ってくれた。「2歳の子と遊べて楽しかった」とそのお父さんに話した。彼はまだ寝ているらしい。
スーツケースは砂利道にはつらい。がたがたして、ハンドリングが難しく、道には穴もあるからはまらないようにときどき持ち上げなくてはならない。タクシーを呼ぼうかと思ったけれど、なんかそれでも歩けるような気がしたのでそのまま学校まで歩く。いつも以上に「ブラ!」とあいさつをされた気がする。
学校に着くと、ちょうど扉を開けたところなのか、学生も先生もほぼいなかった。Room19が開いていたのでスーツケースを置いて、ホールでネット。書きためた自己満足の日記をアップ。
きょうからレベルが上がり、ビジネスクラスの授業に変わるので、授業前にTiki先生とSai先生にあいさつに行く。特にSai先生は「心配しないで」といい、もしかしたら「発音が聞き取りづらいのであの授業はわからない」という話が行っているのかもしれなかった。
ビジネスクラスのRon先生の発音はちょっと曇る音もあるけれど、なかなか良好。ただ、Tiki先生の発音には負けると思う。Ron先生は男の先生。で、このクラスは長期の学生が多く、しかもみんななんで授業を受けるのかわからないくらいに英語が達者。だから授業はリスニングに集中しないとわからない。わからないのに笑ってしまう愛想笑いもしてしまう。いけないいけない。
休み時間もこのクラスは自由気まま。一区切り付くと休み。なのでエキサイティングするときはそのまま授業が続いている。きょうはTESCOの組織図を想定して書いてみたり、地名・国名の各アルファベットを使ってセンテンスを作る授業をやる。クラス中で一番長い「NEWZEALAND」だったので「Now Eastern Western Zoo Establishes At London As New Dreams.」と答えたら感動された。
昼飯は裏のインド料理屋のチキンカレー。ほんとに骨がいっぱいあるので、一部食べるのをあきらめてしまった。でもおいしい。
20080125.jpg
放課後、スカイロッジにチェックイン。ShinとMihoも一緒に来て、チェックイン後に3人でデナラウに向かう。ここはリゾートホテルが建ち並ぶところで、そのうちのキレイなプールに入り、白人と英語の機会を持とう!とShinが提案してくれたのだ。Shinはやや長期滞在。去年から来ていて、PreAdvancedのクラスで知り合う。24歳で発言を積極的にして場を和ませるプロ。プールではそこらへんにいる白人に「きょう初めて来たんだけど、なんかおもしろいものある?」と聞いて話をしたり、プールの片隅でやっているバレーボールに混ざり、オセアニア、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど混在チームで競った。競うといっても子どもも混ざっているから本格的ではないけど、ミクロネシア系の入れ墨ばっちり入ったおじちゃんとは握手して互いの健闘をたたえた。そしたらあとでココナツの実を食べながらやってきて、「食うか?」というのでちょっともらった。
Mihoが写真を撮ってもらおうと話しかけた人がオーストラリアの歯科医師で、Shinを中心に英語で数分話せた。オーストラリア訛りがあるので一部の言葉がわからなかったが、「おまえの英語は理解できるよ。だいじょぶ」と言われたのでちょっと安心。ジャグジーにも入り、しばらく入っていないお風呂を思い出す。そして、日が暮れるころ、プールサイドでのファイヤーダンスをみて帰る。行きはミニバスで来たが、帰りはミニバスがfullで乗れない。駐車場に止まる4WDのタクシーが客引きがしつこいがしょうがないので乗った。ラストがMihoなのが心配だったのでShinは「この子は万が一のときはケータイで連絡できるから、危ないことしないでね。信頼してるよ。」と運転手に警告。さすが。
そのままスカイロッジに戻る予定だったか、ED's Barに知り合いがいるらしいので途中下車。Shinと2人で向かう。初めてあうひとも含めて8人くらいが飲んでいた。テレビに出てたでしょ?とか言われたけれど、確かに出てたけど、たぶん勘違いだと思うのでそおっと諭す。タイ人も同じ学校にいるのがここで初めてわかった。彼はアコモデーションに滞在。空室あるらしいから、スカイロッジ捨てて、行こうかなあと思ってしまう。
21時過ぎにスカイロッジへ。部屋は真っ暗。チェックインのときは誰もいなかったのに、3人くらいいるみたい。すでに2人は寝ている。しょうがないからシャワー浴びて、この日記をベッドで書いてから寝る。今、23時前。

写真はいまの学校の状況。中庭で先生とドアが開くのを待っています。

朝、6:30起床。昨晩はよく眠れず、足の裏を蚊が刺すのでかゆくて目が覚める。そして、午前5時にたぶんmomが庭を掃く音で何度も目を覚ます。そういえば昨晩は寝てから轟音がしたので起きたら0時前に飛行機が庭の向こうに着陸するのが見えた。そうそう、ここはフィジーのナンディ空港のすぐ近く。滑走路から離れているものの、滑走路入り口にすごく近いので、窓からは着陸寸前の飛行機が通り過ぎるのがよくわかる。
朝食はモロヘイヤのような辛めで粘着質の菜とロッティ。甘い紅茶付き。リビングで食べようと行ったら、dadと息子さんがいたのでよかったが、座って食べ始めたところで2人とも食べ終えて移動してしまった。そうしている間にmomはご出勤。「行ってきます」は無し。というか「行ってきます」に変わる英語は無いらしいが。
7時に家を出る。歩きながら、現地のオリエンでYumaさんが話していた独り言英語をする。頭に思い浮かぶこと、目の前に見えることを次々と英語にして話す。通り過ぎるフィジー人にはたまに「ブラ!」とあいさつをされるので負けじと「ブラ!」と応える。
7:15にはホールにつき、ネット。日記を更新し、メールをチェック。ホールには今日は一番乗りで、ネットも比較的早い。
昨晩の宿題だけでは文章の意味がわからず、教室でみほに聞いてみたら彼女もイメージつかなかったそうだ。みほの英語はアメリカやオーストラリア仕込みでリアリティがあって、発音も聞きやすく、結構ネイティブの言い回しに近いような気がする。さすが。で、最初のTiki先生のスムースな発音に喜びつつも、昨晩読み取れなかったインドでのDinnerパーティの読解をする。先生に読んで、意味やら文脈を解説してもらってようやく概要がわかる。Grammerのクラスでは、進行形のいろんな形を判別。高校の授業みたいだ。目の前に座るMasakoは同じ年。カミングアウトされるまで年下と思っていたので驚き。親近感が一気に沸く。Grammerのクラスでも一緒に問題を解いて、意見交換。語彙がたっぷりあるので辞書をあまりひかずに考えられるところがうらやましい。9歳の息子さんとフィジーに来ていて、息子さんは隣接する小学校。以前、アメリカンスクールにも行っていたらしく、英語には問題ようだ。いいなあ。
休み時間、いっしょのクラスだったTomoと2階から中庭を眺めつつ、「I don't know most of them」といい、納得。生徒はいっぱいいるけれど、知っているひとはごくわずかしかいない。20代後半のTomoは童顔を自分で認めつつ、常にポジティブ。ひらめきというか、たぶん頭の回転が早い。気軽に話せる一人。
Sai先生のMorning talkのテーマは、なんだったっけか。席順は思い出せても内容を思い出せない。なんだったっけかな。まあ、いいか。
昼食はアイスコーヒーのみ。昨日に引き続き、昼はあまり食欲が無い。ただし、コーラを飲みたくなり、コカコーラゼロを買ってしまう。昼休みはネットでメールチェックやHPチェック。いっしょにいったたくちゃんがmixiのコミュニティで書いていたひとだとわかり、ちょっと感動。でもどんな内容を書いていたのかは忘れた。名前は知らないけど、オリエン最中に蛙の折り紙をして、悩んでいた静岡の田舎出身のひとに折り紙の本を貸す。そして、昼食の間、なんども空港のFBI事務所に電話するも常にBusy。Busyなのかどうかも怪しくなってきたので、まわりの先生に「これはBusyってことか?」と聞いたら「そうだ」というのでその後も何度もかけ直す。フィジーはまだケータイの電波が安定していないので、混線やらつなぎづらい時間帯もあるそうだ。
昼飯のあと、Communicational FunctionではSai先生によるテーマ「Culture and Tradition」。1人ずつ、前に出てきて日本の文化やらを話す。自分は「日本人のコミュニケーション」として、本音と建て前、察してもらう文化を話した。結構勢いつければ長いこと話せるもんだ。思えばフィジーに来て5日目だけれど、英語を話す機会は日本にいたときの数百倍のような気がする。英語を話さなければいけないようにしておくと、頭の中が英語しか無いような状況になって「日本語→英語」の訳しながらの作業をしている間が無く、脳から直接英語になって、それを音声化すればいいようになる。場所が英語圏ならばどこでもおそらくはこの脳の作り方はできると思う。そうした意味では格安のフィジーに来てよかたよかた。ただし、明日のテーマが「Nuclear testing(核実験)」なので隣の席のTomomiと見合わせて苦笑い。Tomomiは明治大学出身。出身大学として予想していた1つが当たったくらい特徴がある。しかも文房具にMeiji Universityの刻印がしてあってかなり明大に魂が入っている。自己紹介では自分をネガティブやらファニーではないと言っていたが、それを自分から言い出すことこそがファニーだと思う。しかもあまりにSai先生の発音が聞き取れないのか、授業中に寝てしまうし。おもしろい。
放課後、毎週水曜日は授業変更のお願いを出せるタイミング。Tiki先生はよいが、Sai先生の授業ではほとんど話す機会が無いので、変更の相談を願い出る。1人ひとりコンサルティングしながら変更許可か不許可が下される。先にTomomiが相談し、Sai先生の授業が理解できないことを正直に話して、1つ上のビジネスクラスにしてもらっていた。同じように自分も理解しづらいことを申し出て、「あなたはビジネスマンなんだからビジネス英語にしなさいな」と言われて変更許可もらう。レベルダウンする考えもあるが、Tomomiが言うに、ビジネスクラスの先生は発音がキレイで気に入っているのと、レベルダウンしたときの先生が同じように理解に苦しむようだったら同じことだというので参考にしつつ、ビジネスクラスに変更。コンサルを受けたり、ナンディ空港のFBI事務所に電話している間、このパソコンはAiにレンタル。PCを持ってきていないひとにとってはネットカフェに行かねばならず、学校で使えるのはうれしいみたい。Aiはちょっと天然ぽい女の子。蚊取り線香をMHマーケットで勢い30巻買って、蚊対策ばっちりにしたのにホームステイ先のmomが蚊取り線香アレルギーでまったく使えず、そして家族にはヒンディー語ばかり話されて、リビングでも放っておかれ、体育座りでヒンディー語のテレビをひたすら見なくてはいけない毎日らしい。ナンはいいが、家で出されるライスはダメという、悲劇が続いている。
コンサルが終わり、バスで空港に向かう。学校近くのバス停でバスを待とうとすると韓国からの留学生の一団。まだ名前を聞けていないが、クラス分けテストの日、めぐを送って帰る途中に出会った韓国のひとがいた。彼は日本語もちょっと話せるが英語で話す。学校では落ち着いて話せないのだけれど、初めて会った日は寮に入った初日で心細くてしょうがないときだったらしい。とても感謝された。ケータイとメールアドレスを聞かれたので書き、こちらからも聞こうとしたらバスが来たのでまた明日、ということに。バスのお兄ちゃんは日本でいうと安岡力也(古いけど)にそっくり。1ドルコインを見せて、「Enough?」と聞くと「どこまで?」と聞かれたので「エアポート!」と答えたら丁寧におつりをくれた。フィジーに来て、肌が黒くて目つきもするどいひとが多いので、日本人の感覚からすると怖いイメージを持ちがちだが、この数日出会った強面のひとはたいてい優しい。タクシーでも街中でも、英語でちゃんと話すと丁寧に答えてくれるし、道を聞けば親切に教えてくれる。バスでは空港で降りる場所がわからなかったので、隣のおばちゃんに聞いて降りるタイミングを教えてもらった。
空港では先にTomomiやAiが来ていて、留学期間の短縮を申請していた。Yumaさんと相談する予定だったけれど、アポも取っていないので相談できないかと思っていたら安永さんが来てくれて実情を話した。そう、ホームステイからホテルに移るのでR。安永さんもたぶんこのような相談には慣れていると思うが、話を真剣に聞いてくれて納得してくれた。なにしろこの数日の英語話す機会が無い環境はフィジーに来た目的を朽ちらせてしまう。今ここでホームステイをしていても英語を話す機会は増えない。他の家ならよかったけれど。なので、昨晩のうちに学校近辺の宿を探していたらドミトリーでそこそこ安く、安全で、キレイなところがあったので移ることを申し出る。安永さんは常に笑顔で話を聞いてくれて、学生の気持ちと考え、想いをすべて吸収して解決してくれるかた。新卒で入り3年目だそうだけれど、社会人歴3年目には見えないベテランぽい。おそらくは帰国子女なんだろな。本当の学生のときに英語脳が身についていると考え方も欧米化できるので、社会人になったときにその力はとても発揮できるような気がする。
Tomomiも同じタイミングで相談し終わったので一緒にバス停へ。彼女とはクラスが一緒だから常に英語で話していて、このときおそらく初めて日本語で話すのを聞いた。日本語でもかなりファニーだと思う。バス停で待つ間に、Aiともう一人の女の子も合流。4人でバスに乗る。
スカイロッジに予約に行く。ここのドミトリーが適正価格で自分にぴったり。バスから降りるところがわからないので、向かいに座るインド人のサラリーマンに聞くと「ここで降りて坂を下るんだよ」と言われる。ちょうどバス停で止まっていたので急いで荷物を取って降りる。降りるとすぐに発車するバスの窓ではさっきのサラリーマンが「向こう、向こう」と指を指してくれていたので「ありがとう」と両手を合わせて感謝のポーズ。雨も降っているので走ってスカイロッジへ。正門から入るとコテージばかりが目につく。向こうから歩いてくる白人の女性に「フロントはどこ?」と聞くがわからないようだった。フロントは和製英語だったっけ?なので「オフィスはどこ?」と聞いたら「2分くらい歩いたところよ」と言う。英語が話せてわかるってすばらしい。走ったので1分くらいでフロントに着く。明日からドミトリーを借りたいと話して、6人部屋の予約を取る。部屋を見せてもらおうとしたが、使用中だから見せられないそうだ。「とびっきりでかいスーツケースがあるけど入る?」と聞いたら「とびっきりでかいロッカーがあるのでだいじょぶ」と答えてくれた。やや笑顔で。タクシーを呼んでもらい、カプリコーンホテル前に近い、ZahoorRd.入り口に向かってもらう。かなり神風に近い運転でちょっと揺られた。ZahoorRdの入り口からちょっと入ったところまで車を入れてくれて、約束通りF$4支払う。Uターンしてくるので、「ありがとう」と手を挙げる。
家に着く。誰かいるけど、「I'm home」に答えてくれる声は無し。そしてさっそく荷造り。荷造り中、2歳の男の子が部屋に初めて入ってきて、「こっちこっち」と連れて行った先はやっぱりヘリコプターのラジコン。「アルト、アルト」「ウパ、ウパ」としきりに言うけれど、dadが「だめだ!」とヒンディー語でいうので自分も「NoNo」といい、きょうは高い高いは無し。というか、もうできないのか。
引き続き、荷造り。すると、リビングからは英語のテレビ番組や英語の話し声が聞こえる。自分が英語に接する機会が無いと苦情を言った今日だから、FBIの事務所は直接電話をして、今回の移動の話をすでにしたのかと思い、だとしたら行動の変化がおもしろい。
夕飯は魚のフライを添えたカレー。キッチンでカレーをもらう際に、momに明日の朝荷物をもって移動することになった、と話した。眉間にしわを寄せている顔はそのまま、「で、いつ戻るの?」というので「戻らない」と返し、「ここが気に入らないの?」と思った通りの反応なので「いやいやいや、そんなことはまったくないよ」と答えた。とにかく「たくさんのひとと何度も英語を話す機会が持ちたい。自分には3週間という短い期間しかない。急がなきゃ」てなことを話して納得してもらう。決意を持っていたから、話すのはなにも問題ないが、夕飯はとてもビミョウな味になった。最後のカレーということになる。
その後、シャワーを浴び、また荷造りをしていると部屋にmomが入ってくる。「どうしても?」というので「短期間だからやむを得ない。長期間だったらなあ」と回答。さっきも「今晩ブランケットはいらない?」とかと急に優しくなる。特に寒くないので「今、日本は冬だから、自分的には暑いくらいだよ」と答えた。うーん、最初からこうだったらいいんだけれど。でもやっぱり笑顔は見れず。
さて、そろそろ今晩も寝ます。でも寝れなさそう。日本から持ってきた小説が数冊あるが、ぜんぜん読んでいなかった。読んで眠気を誘おうか。
20080123.jpg
写真は毎晩夜になると現れていたヤモリ。上っては一時停止。下っては一時停止。忙しいような、暇なような。

朝6時に起きる。日本時間では午前3時。体はフィジー時間に慣れたので、特に眠いこともない。というか、昨晩は21時に寝てるし、寝過ぎて逆に頭が痛いくらい。
朝食はロッティとにんにくがすごく効いたじゃがいも炒めみたいなもの。昨日の朝から朝食はリビングで食べているので今朝も同様にリビングで食べると息子とお父さんがかわりばんこにくる。そのままだとじっと黙って食べる2人なので話しかけると答えてくれるものの、うーん、やっぱり膨らまない会話。YesかNoで答えられる質問だけでなくって、5W1Hを使った次の質問をしやすい質問をするも、つまらなそうな顔とめんどくさそうな答え方。ああ、つまらん。英語を話す機会が無い。
きょうから初めてのクラスになるが、にんにくをたくさん食べたのでにおいが気になって話せない。自己紹介でも「I don't speak English because I ate garlic this morning.」と説明したら少しだけ気が楽になった。それでも自分ではにおって臭いので、大声で話すようにするも、息をなるべく出さないような特許庁もびっくりの話し方をしてみた。
1・2限のReadingとWriting担当のMrs.Tiki先生はとても発音がいい。そして、授業の進め方もエキスパート。もうすぐ2人目の子供が産まれるそうなので体が大きいけれど、ほんとに一生懸命に教えてくれる。発音は自分が知るイギリス英語にかなり近い。フィジアンイングリッシュではないのは、目を閉じて聞けばわかる。
3限のMorning Talk(もう10時も過ぎそうなころの授業だけど)のSai先生はフィジーの島出身の先生。どうしてもTiki先生と比較してしまうけど、発音がフィジー人だとすぐにわかる。そして音量の強弱がありすぎて、聞きたい部分が聞けなかったりする。だから質問されても「What?」と最初に聞いてしまう。内容は「Gender Equaility」。とても重いテーマで、このテーマについて話そうと言われてもあまりアイディアが浮かばない。Jobやらeducation、sportsなどの細かい分野にわけて自分の考えを話すが、テーマがテーマなので下調べもなく、知識も無いまま話すからどうしても一般論になって白熱しない。みんなPre advanceのクラスなので英語を話せるひとばかり(自分除く)なのにちょっともったいない。
昼食は向かいのコロニアルプラザに行ってサンドイッチを購入。あまりおなかが空かない。
昼食後のクラスもSai先生のCommunicational Function。CommunicationというからにはTalk and talk and talkなのかと思いきや、午前のMorning talkと変わらず。テーマは「Youth problem」、「青少年に今起きている問題点」。ああ、これまた重いテーマ。参加者はのんきな国、フィジーを選んでいるのだからそんな重いテーマにはほぼ関心が無くて、だから話す内容もとてもpoorになり、授業が時々ストップする。
放課後、みんなでHISへ行き、離島へのOne day tripを予約した。ピチレブから30分でいけて、マッサージもうけられ(別料金だけど)、シュノーケリングもできて、滞在中は飲み物飲み放題(アルコール含む。飲まないけど)で、もちろん海の透明度も抜群。料金がF$99。日本円で約7,000円。港までの往復の送迎もついているのでとても楽。6人で申し込み、なぜか自分が代表者になる。
その後、うしろさんとナンディタウンへ。本当はラウトカの街に行き、ヨガの無料レッスンが受けられるクラブに行こうとしたが、時間が16時で行くのに30分かかるのと、タクシーが片道F$20だったのと(ディスカウント交渉しても)、急ぐ必要もなかったので、ナンディタウンに行く。タクシーを呼ぶと、反対車線のタクシーがわざわざUターンをして来てくれた。最初F$4、ディスカウントをしつこくしたらF$3.5になった。だいたいの相場がわかってきたので、F$3.5は良心的価格。ナンディタウンのMHマーケットで傘を買う。うしろさんは洗濯石けんを買っていた。うしろさんは自分を主夫と言っているが、話を聞くとかなりのデイトレーダーで、毎日日経ネットをチェックし、おそらく個別銘柄の価格を調べているので話がとても参考になる。ナンディタウンを一緒にまわり、両替。お気に入りの角の両替所はちょうどしまってしまったところで、別の両替所に行った。ここでもうしろさんの経済人ぶりがわかり、「フィジードルがだんだん下がってきたなあ」と随時観測しているところが頭下がる。1万円分をひとまず両替。おそらくほんとにそんなに使わない。第一、物価が安くて、本当に必要な食費は1日F$10(日本円で約700円)あれば足りてしまう。両替所の隣の店に入ってみると、Poloで1枚F$19のポロシャツを発見。たぶんニセ物。でも色がいいし、サイズもちょうどいいから買う。そのうちに雨が激しく降ってくる。ナンディタウンを歩くと「タクシー?」とよく聞かれる。ちょうどMHマーケットの反対側に来たときに、マーケットから出てくるタクシーが手を振るので、手を挙げて呼んだ。うしろさんはスカイロッジまで行くので交渉したが「F$6はとても正規の金額だよ」と言われて、ホテル滞在者だと思われ、おそらくはちょっと高めの金額になったんだろうけど、車中でタクシー運転手のインド人と話すと「日本人はいいひとだ。中国人はダメだ」という。禁煙にしているタクシーの中で平気で吸うんだってさ。「フィジーは何回目?」「日本での仕事はなに?」と聞かれるので素人に思われないように「5回目だ(ほんとは初めて)」「マーケティングディレクターをやっている」とうそこいておいた。途中のZahoorRd.入り口で下車。あとはうしろさんに任せる。
20080122.jpg
家に戻ると、息子さんが高圧洗浄機で車を洗っていた。なにやらほんとうにこの家族は叫ぶようで、ヒンディー語だからわからないので叫ばせておけばいいけれど、わかることばだったらいちいち内容がわかってイヤだな。
2歳の子に発見されて、高い高いをせがまれるので少しのあいだしてあげた。「アルト?」というのは「Once more」という意味らしい。なので「もう一回?」と日本語で話すといつの間にか覚えて「モイカア?モイカア?」と言ってくれた。よしよし。
momには家族の写真を見せて1枚ずつ説明したけど、無視。次々とめくられて、「Thank you」で戻されてしまった。まったく。。。なので、ここで心の中で決めたことがあった。「よし!」と覚悟して、やるべきことに着手。
Readingの宿題があったので、部屋でずっと取りかかる。扉は開けっ放しにしたので引きこもりではないですよ。フィジーでは「扉を開ける」=「なにかあったらどうぞ入ってきて」というサイン。なので、いつでも受けられるようにはしていた。
そろそろ洗濯物がたまってきた。においはまだないけれど、気分的にHOTTOKENAIので洗うことにした。浴室に洗濯紐を張り巡らせて、シャツやパンツを洗っていく。覚悟を決めたので気持ち「るんるるん♪」とスピーディになっていた。
21時を過ぎても宿題は終わらず。気づくと、家族と繋がる廊下のドアが閉められていて、みんな就寝。自分だけ起きていた。昨晩まで自分はしていた「おやすみなさい」も無い。。。
23時前に宿題が一応終了。就寝。というか、前日までの寝溜で、ほんとにぜっんぜん眠くない。